人材の流動化を前提とした環境づくりの必要性
日本では、少子高齢化や人材の流動化を背景として、人手不足が一層深刻化しています。長期雇用を前提とした先人の教えを是とするような従来型の人材育成戦略だけでは、企業は競争力を維持できない時代になりました。今の時代の経営者には、人材の流動化を前提として受け入れ、組織に新たに迎え入れた多様な人材が活躍できる環境づくりに手を尽くすことが求められています。
人材が活躍できるオープンな組織文化
人材の流動性が増した現代において、多様な人材が活躍できる環境とはどのようなものでしょうか。要素は幾つかあると思いますが、私は「オープンな組織文化」が特に鍵を握ると考えています。そこで、本稿では組織文化に焦点を当てます。
人材が活躍できる組織とは、社員が業務を自律的に推進できる組織です。そのためには、社員が適切な「リソース」にアクセスできることが必要です。ここでいうリソースには、具体的には、ヒト・モノ・カネ・情報などの要素のほか、組織内外の人との繋がりも含まれると私は考えます。古参の社員から新入社員や中途入社の社員に至るまで、社員一人ひとりが適切なリソースに自由にアクセスできることが、今の時代に求められる「オープンな組織」の特徴であると私は考えています。
対極にあるセクショナリズムの強い組織では、社員が得られる情報や、アプローチできる相手は限られます。そのような環境下では、どんなに高度なスキルを持った人材でも、そのスキルを十分に発揮することはできません。
ITツールが組織文化にもたらした変化

オープンな組織文化に近づくための方法の一つは、そういったコミュニケーションスタイルを指向するコミュニケーションツールや情報共有ツールを導入することです。ツールには必ず設計思想があり、ツールを利用する組織のコミュニケーションスタイルは否応なくその思想の影響を受けます。既に多くの企業でMicrosoft TeamsやSlackといったビジネスチャットが導入されていますが、社内のコミュニケーションが対面・メールからチャットに代わったことでコミュニケーションのあり方が変わったと実感された方は多いのではないでしょうか。
以前であればメールで流通していたような一過性の情報が、今日ではチームやチャンネルといった半永続的に残るオープンなコミュニケーションスペースで共有され、再利用可能なリソースとなったのもその一例です。後から組織に加わった人も、過去の情報にアクセスできるようになりました。
ITツールの導入だけでは到達しえない世界
ビジネスチャットの導入は、コミュニケーションの活性化や情報の永続化という点で、組織文化のオープン化に寄与しました。一方で、そうしたツールを導入するだけでは促進されなかったものもあります。それは、組織・チームの枠を越えた「偶発的な」コミュニケーションです。偶発的なコミュニケーションをきっかけとして人脈を広げられるという機会が社員に与えられていることも、オープンな組織の一つの側面です。
例えば、Microsoft Teamsには「パブリックチーム」「プライベートチーム 」の二種類があります。当社では情報の機密性を重視し、プライベートチームを利用するとともに、既にチームに参加しているユーザーを除いてプライベートチームを検索できない状態としています。このような使い方は、あらかじめ特定の目的を共有する社員が集まって協働する場合には適しています。一方で、目的を共有しない社員同士が組織・チームの枠を越えて有機的に繋がるような状況は期待できません。
※プライベートチームとは、チームの所有者が指定したユーザーのみが参加できるチームのこと。

経営者が果たすべき役割
偶発的なコミュニケーションを期待するのであれば、組織横断的な「場」が必要です。例えば、より社内SNSの性格の強い他のツールを導入したり、Microsoft Teams上に組織横断的なコミュニティを意図的に設置したりといった方法があります。いずれの方法にしても、適切にコミュニティを維持しようとすれば、ルール作りやモデレーション、軌道に乗るまでの介入といった人間的な推進活動を伴うため、コストが発生します。単なるツール導入を超えて真の組織文化の変革を目指すには、経営者がコミュニティ活動の価値を理解し、人と人が組織の枠を越えてメッシュ型で繋がることのできる仕組みづくりに投資することが不可欠です。
デジタルテクノロジー推進室の取り組み
ここまでの流れを踏まえて、我々デジタルテクノロジー推進室における取り組みをご紹介します。これらはいずれも管理職層の発案、率先した取り組みから始まり、今では組織文化として定着したものです。
公開Q&Aチャンネルの設置
組織全体で迅速な問題解決を実現するために、Slackに公開Q&Aチャンネルを設置しています。チャンネル開設当初は、発起人である部長が質問者に対して必ず何らかの反応を返すというプロモーション活動を地道に頑張っていました。その甲斐もあって、今では協働者や他事業部の社員も参加する480名規模のチャンネルに成長し、参加者同士で自発的な情報提供が行われる場となっています。公開Q&Aチャンネルの存在は、互いの強みを活かして組織全体で事に当たるという我々の組織文化を象徴するものだと考えています。
times文化の普及
times文化はいわゆる「分報」の取り組みです。一人ひとりが自分専用のtimesチャンネルで、そのとき実施していることや考えていることを投稿します。我々デジタルテクノロジー推進室では、管理職層の取り組みから火がついて、今では一般社員層にも広がりました。私自身も普段の業務の中で実施したことや思ったこと、困りごとをtimesで発信していますが、それによって目の前の問題がすぐに解決したり、偶発的な組織間のコラボレーションに繋がったりと、メリットを感じています。
組織横断の自己紹介リレー
我々デジタルテクノロジー推進室は、2022年7月の組織再編の際に新設されたテクノロジーコンサルティング事業本部に移りました。それから同じ事業本部の配下となったData&Intelligence事業部との関係性を深めていくこととなりましたが、まずはお互いのことを知るために、組織横断の自己紹介チャンネルで自己紹介リレーを始めています。現在、自己紹介チャンネルは3組織389名が参加する大規模チャンネルとなっていますが、Microsoft TeamsやSlackが社内に普及する前の世界を振り返ると、このような規模の社員を相手にして自己紹介する機会はなかったので、隔世の感があります。

まとめ
本稿では、人材の流動化を背景としたオープンな組織文化の必要性、組織文化の変革に対するITツールの貢献とその限界、そしてさらなる組織文化の変革を実現するために経営者が果たすべき役割についてご紹介しました。硬直した組織文化に課題をお持ちの方は、本稿でご紹介した事例を参考に、様々な施策に取り組んでみてはいかがでしょうか。
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