はじめに

皆さんは今現在、世界にどれだけのデジタルデータが存在しているかご存じでしょうか。
米IDCの調査では、2022年時点で約80ゼタバイトにのぼるそうです。
この数字はIoTの普及を背景に今後も増加し、2025年には175ゼタバイトに到達すると予測されています。
この膨大なデータの活用方法として、現実社会のシミュレーションを行うデジタルツインの概念に期待が高まっています。

一方で、このデータを「どこで処理するのか」という点には検討が必要です。
仮に既存のクラウドサービス上に膨大なデータを集約しすべて処理しようとした場合、様々な問題が生じます。


例としては、
  • データ転送に追加料金が課されており、大量のデータを収集・転送した場合、多額のコストがかかる
  • データ保護・データプライバシーの法制度により、地域外のデータセンターに個人情報など機密データを保管することにリスクが生じる
等々です。

これらの課題を踏まえ、エッジコンピューティングという技術への期待が高まっています。
この記事では連載の第1回目として、エッジコンピューティングの基本、データ処理の観点からユースケースなどの解説をしていきます。

なぜエッジコンピューティングなのか

まず初めに、注意書きとしてエッジコンピューティングはクラウドコンピューティングを完全に置き換える技術ではないことを説明しておきます。
以下の図で示されているように、既存のクラウドコンピューティングとエッジコンピューティングを組み合わせた構成になります。
これまではすべてのデータをクラウドに集約していましたが、エッジコンピューティングでは一部のデータをネットワークの端(エッジ)で処理する形態になっています。

エッジコンピューティングのイメージ図
エッジ側でデータを処理するアーキテクチャには以下のような利点があります。
  • 通信コストの削減
    • エッジ側でデータを処理し必要な部分のみクラウドに転送することで、通信コストを抑えることができる。
  • データ保護の強化
    • 個人情報等の機密データはエッジ上で処理しクラウドに送信しない、など地域のデータ保護法制度に柔軟に対応することができる。
    • クラウドサービスにハッキングなどの攻撃が行われた場合にも、エッジ側に存在する生のデータは漏洩しない。
  • リアルタイム処理の実現
    • エッジ側でデータを処理し端末と直接やりとりするケースでは、低レイテンシを実現できる。

分散したエッジで一部データを地産地消するアーキテクチャを取り入れることで、既存のクラウドのメリットはそのままに、エッジコンピューティングがもたらすメリットを享受することができます。

データの地産地消とユースケース

前節で言及した「データの地産地消」のユースケースについて、いくつか例を紹介していきます。
まず、小売業での活用事例が挙げられます。
小売業では、来店者の情報を分析してマーケティングに活用し、誘客や販売促進に繋げたいという期待があります。
来店者の行動を追跡するデータとして、設置済みの監視カメラ映像を利用できますが、映像はデータ量が多くクラウドに直接転送するにはコストが高くなりがちです。
また、個人を特定可能な顔情報は来店者のプライバシーに直結するため、保存期間や本人同意などの規制が存在します。
これに対して、映像データから個人を特定不可能なレベルの属性情報のみをエッジ上で抽出します。
この必要な属性情報のみクラウドに転送することで、コストを下げつつデータ保護にも対応することができます。
続いて、よりミッションクリティカルな例として医療現場での活用事例が挙げられます。
医療従事者の不足を背景に、見守り医療や遠隔手術などカメラ・センサーを利用した遠隔医療が期待されています。
患者からセンサーなどで収集した医療データは、各省庁のガイドラインに基づきクラウド上への保存が認められていますが、重要な個人データとして院内でのみ扱ってほしいというデータ保護へのニーズも存在します。
また、遠隔手術や自動投薬など人命にかかわる行為は、クラウドを介さずエッジで処理し低レイテンシを保証することが重要になります。

エッジコンピューティングとネットワーク

エッジコンピューティングでは、端末-エッジ-クラウドをつなぐネットワークがより重要な役割を担うと私は考えています。
端末-エッジ間、エッジ-クラウド間などの通信には、1つのユースケースの中でも様々な要件が存在します。
先ほどのユースケースから医療について着目すると、以下のような通信要件の例が検討できます。

  • 見守り医療として患者の自宅に配置するセンサデバイスと病院に置いたエッジサーバ間は、設備コストなどが少なくつながりやすいLTEが望ましい
  • 遠隔手術において手術ロボットを載せたドクターカーと医師が操作する端末間では、低遅延性が最重要視されるため5Gが望ましい
  • 病院内のエッジサーバからクラウド上の医療情報システムにデータを転送する際には、アプリケーションごとにセキュリティポリシを適用可能なSD-WAN網が適切である

エッジコンピューティングというと末端のデバイスや、エッジとして配置するマイクロサーバなどに目が行きがちです。
しかし、どんなデバイスやエッジ、クラウドの組み合わせに対しても上記のように最適なコネクティビティを提供することは、エッジコンピューティングが普及するために重要な課題といえます。
これを実現するため、5GやLTEなど様々な通信方式をソフトウェアの力で仮想化して管理し、エッジの要件に応じて最適なネットワークを払い出す、新たな形のSoftware Defined Networkingソリューションが必要になると考えています。

まとめ

本記事では、まずエッジコンピューティングの基本として以下のトピックについて解説しました。

  • なぜエッジコンピューティングなのか
  • データの地産地消とユースケース
  • エッジコンピューティングとネットワーク
最後のトピックではエッジコンピューティングの課題について、ネットワークに着目して解説しています。
個人的にエッジコンピューティングは今後普及していくと考えていますが、普及のためには他にも検討が必要な課題があります。
次回の連載では、エッジコンピューティングの普及に向けた他の技術課題や運用課題、より高度化したエッジコンピューティングの姿などについて解説したいと思います。

次回:エッジコンピューティングと自律運用のススメ