はじめに

センサやGPS、カメラ等の情報から現実空間のヒト・モノ・コトの様々な状況や情報を収集し、それらからサイバー空間上にデジタルコピーを作り出す技術が注目されています。
このデジタルコピーは現実世界とそっくりな双子を作るため、デジタルツインと呼ばれています。

このデジタルツインをもとに、現状改善や将来予測による予防措置を現実空間に適用する活用方法が実用化され始めています。
さらに今後は、デジタルツイン上に現実空間のヒト・モノ・コトを再現するだけでなく、デジタルツイン上で実現したい理想の世界観のモデルを先に構築し、そのモデル上で自律的に動くヒトやモノを使い、理想の現実の実現可否を検証する取り組みも期待されています。

現実空間で検証のための設備や資源を用意することなく、デジタルツインに再現した世界で、理想の現実の実現性検証を行えることは、デジタルツインを活用する醍醐味であると言えます。

デジタルツインの代表的な活用方法を紹介すると共に、デジタルツインの醍醐味である、デジタルツイン上で先に理想の世界を再現する「サイバーファースト」な活用方法をご紹介します。

デジタルツインの活用

デジタルツインの活用方法は、大きく3つに分かれます。

 1つ目は、現状分析による業務オペレーションの改善です。
例えば、製造業の工場ラインにセンサを設置し、設備の稼働情報を取得することで、サイバー空間上に工場ラインの状況を可視化することができます。
これにより、設備の異常時にはリアルタイムで検知・把握することができ、工場ラインを正常化するための改善対処を、現場にフィードバックすることが可能になります。
工場ラインをサイバー空間上に再現することで、遠隔地の有識者と一緒に現場にいるような感覚で設備の異常を確認することができるため、対応の検討を効率的に行うことが可能です。

2つ目は、抽出したデータを学習することによる将来予測です。
例えば、交通情報や人流、気象等の統計データを、サイバー空間上に重ね合わせて、それぞれの相関関係を分析することで、特定の日時・条件で現実空間で起こりうる状況を予測することができます。
人流の統計データは、周辺の交通機関や施設有無、人の座標の移動量から、交通機関で移動しているのか、もしくは周辺施設に滞在しているのかを推定することが可能です。
これに加え、天候や気温等の情報も重ね合わせることで、寒ければ屋内通路の移動や周辺施設に入る可能性が高まる等の行動傾向を予想することが可能になります。
これらの予測結果から、周辺施設における人員配置の見直しや、近隣商店での在庫量の見直し等の事前準備に繋げることが可能です。

3つ目は、サイバー空間上で先に実現したいモデルのシミュレーションを行い、現実空間に再現性の高いモデルを適用することです。
今まで説明したような、最初に現実空間からデータを収集してサイバー空間を構築するやり方ではなく、サイバー空間上で実現したい理想とする世界観のモデルや要求を先に構築し、そこでシミュレーションを繰り返すことで、再現性の高い理想とする世界観のモデルの構築方法を得ることができます。
そして、このモデルを現実空間に実装することで、理想の現実空間を実現させることが可能になります。
さらに、現実空間の状況をサイバー空間にフィードバックすることで、サイバー空間のモデルを改善し続けていくことも可能になります。
今後の事業企画やビジネスの実効性確認においては、実現したい世界のモデルをサイバー空間上で構築してシミュレーションを行うことが、有効性や再現性を効率的に確認する手段として確立されるようになると考えています。
また、さらに現実に近いモデルを再現するために、自律的に動作するヒトやモノが存在するデジタルツインの実現も今後できるようになるため、より効果的な確認手段になると考えています。

この3つ目の活用方法が、「サイバーファースト」な考え方で物事を進める、今後の新たな手段になると考えています。
今回、実現したいモデルや自律的に動作するヒトを再現することで、現実に近いモデルを構築し、サイバーファーストな考え方でモデル検証を実施した事例を紹介します。

サイバーファーストによるモデル適用

サイバーファーストな考え方でのモデル検証の代表例として、小売の企業様向けの事例を紹介します。

小売の企業様においては、店舗売上を向上するため、店舗レイアウトや商品配置を顧客に合わせて最適化することで、入店誘導を促し、店内体験を通して購買行動に繋げる事が重要になります。
そのため、店舗スタッフが現場の顧客来店や販売実績状況に合わせて、現場での最適化を図ることが行われます。
また、顧客ニーズにさらなる最適化を図るために、顧客アンケートやモニタリングを通して、顧客理解を図り、得られた情報を現場へ展開することで、ニーズを踏まえた最適化を図ることが行われます。
一方で、これらは店舗スタッフによる現場最適のため、属人性や個別最適の側面を持っています。
また、店舗レイアウト変更を試行するには、店舗スタッフが人手で対応する必要があり、時間や準備コストを要するものとなります。

サイバーファーストで物事を検討する場合、デジタルツインによる以下のような試作が行えるため、店舗スタッフの負荷を軽減し、さらに現場最適の選択肢を増やすことで効率的かつ効果的に店舗対応を行うことが可能になります。

①デジタルツインで理想の店舗レイアウトモデルの検証
サイバー空間に実店舗のレイアウトや商品陳列をデザインし、実店舗を再現したデジタルツイン店舗を作成します。
さらに、その店舗が対象とする性別、年代の客層の人もサイバー空間に再現します。
これらの人の再現には性別、年代だけでなく、それらの属性の人がどのような情報に対して好みや興味を示すかの人の反応もモデル化し、店舗周辺を回遊するように作成します。
そして、デジタルツイン店舗の店頭に顧客が興味を引きそうな商品を置き、店舗周辺を回遊する顧客がその商品に興味を引き、入店を促すことができるかをシミュレーションします。
このシミュレーションでは、商品配置や商品の色、デザイン等を変更した様々なパターンを検証することで、どの客層に対してどの商品パターンであれば、入店を促す効果があるかを事前に検証できます。

②現実把握による適用モデルの見直し
これにより、現実空間の実店舗に対して、入店を促す効果の高い商品配置パターンを適用することができます。
また、実際の来店客層の確認には、店舗スタッフの目視確認や店内カメラによる客層推定による定性分析や、POS情報などの販売記録による定量分析で行うことが可能です。
そのため、事前にシミュレーションしたパターンとその日の来店客層が異なれば、現場の状況や客層に合わせた入店促進効果のある配置への修正することや、入店を促せていない客層に効果のある配置パターンに修正して入店改善を図ることが可能です。

③予測による適用モデルのさらなる最適化
さらに、現実空間の実店舗周辺の人流データを学習しておくことで、数時間後の天候や気温等の情報から、この後に店舗周辺を通る客層を予測することも可能になります。
そのため、店舗スタッフが、その客層の入店を促す効果のある商品配置パターンに、先回りして修正することも可能になります。

現実空間で起こる状況は、様々な事象が組み合わさり成り立つことを踏まえると、理想の世界観の現実を再現して検証する際にも、様々な事象を組み合わせて分析することが重要になります。
この検証においては、商品サンプルモデルや配置のパターン、顧客が店舗前を通過する動線パターン、顧客年代層だけでなく、人の好みの反応モデルや統計データ学習による予測モデルを組み合わせて、検証モデルの信頼性を高めることに挑戦しています。
デジタルツインによる再現性の高いモデルを実現するために、様々な事象の相互作用を分析しながらシミュレーションの信頼性を高めていくことが今後の課題となります。

おわりに

DX化の浸透により、デジタル技術を駆使した効率化や利便性の向上だけでなく、今後は新しいデジタル技術を使った新規事業の開発が加速していくものと考えています。
ビジネスライフサイクルのスピード化やビジネス変化に対するアジリティを高めていくためには、迅速かつ効率的に事業立案を進めていく必要があり、これを実現する新しい手段としてデジタルツインの活用が重要になると考えます。
サイバーファーストとは、現実世界の延長線上に未来を描くのではなく、実現したい理想の世界観の現実を先に描き、バックキャストでその現実の実現方法を検討する考え方です。
その検討においては、デジタルツインで実現したい理想のモデルを再現し、現実空間から収集した情報とのギャップを分析することで、理想の現実に近づけるための施策、方法を明確化させることが可能になります。
将来の事業企画、実行においては、デジタルツインを活用することが前提となり、サイバーファーストで検討、検証を推進することが、今後のデファクトスタンダードになる世の中が近づいています。