はじめに

デジタル技術の進展により、企業はさまざまな顧客データの取得・活用が容易になりました。

 

それらはマーケティング・事業開発等の場面で活用されるようになった一方、真に心地よいユーザー体験(UX:User Experience)の提供にまで至るケースはまだ多くありません。そして、その要因の一つとして「組織・データのサイロ化」が挙げられます。

 

本記事では、組織・データのサイロ化による課題、そして、解決策としてのサービスデザインの活用例について紹介します。

組織・データのサイロ化とその課題

サイロとは、工業原料や農産物などの物資を、それぞれに分けて貯蔵する倉庫です。そこから転じた「サイロ化」は、組織等が他と連携が取れずに孤立した状態を指します。

企業経営の最もメジャーな組織形態は機能別組織です。機能別組織は、機能で区別されているため各組織間の重複が発生せず、やるべき業務が明確であるため、効率性・専門性・ガバナンスの点で優れた組織形態と言えます。

しかし、昨今ではオフライン/オンラインともにタッチポイント(ユーザー接点)が多様化しています。企業が機能別組織でありつづけ、必要以上に組織・データがサイロ化することは、以下のようにユーザー体験を損ねてしまう要因にもなります。

 

  • 組織・データがサイロ化されている
  •  ↓
  • 組織が横の連携をとらずに、自己完結した形で業務を実施する
  • データもまた、システム・タッチポイントごとにバラバラに管理されている
  •  ↓
  • 顧客視点だと「同じ企業による商品・サービス」であるにもかかわらず、場面ごとに対応がばらついていることに不信感・不便さを感じる

また、以下の図をご存知の方も多いのではないでしょうか。

Tree Swing Cartoon
Tree Swing Cartoon
(出典:https://www.businessballs.com/amusement-stress-relief/tree-swing-cartoon-pictures-early-versions/

この「顧客が本当に必要だったもの」というタイトルの図は、システム開発において、顧客の要望を捉えることが困難であるかを表しています。

  • ①    各専門家から見えているのは顧客(ユーザー)の一側面であり、思い込み・解釈・都合で「本当に必要なもの」からかけ離れていく
  • ②    顧客(ユーザー)もまた「本当に必要なもの」がわかっていない

機能別組織でありがちな伝言ゲームを終わらせるとともに(①)、ユーザー自身も認識していない困りごと・ニーズを探索し(②)、魅力的な体験を紡ぎ出す手法として、わたしのチームではサービスデザインの手法を用いて企業様を支援しています。

サービスデザインの活用による脱サイロ化

サービスデザインとは、ユーザーが商品・サービスを利用する体験を重視し、「ユーザー」を主人公としてサービスを体系的に見直す、または、新しいサービスを企画・開発する手法を指します。

NTTデータのデザインチーム「Tangity」のデザインプロセス
NTTデータのデザインチーム「Tangity」のデザインプロセス

サービスデザインの活動においては、ユーザーの行動・感情に詳しい各組織の経験・知見がとても重要になります。したがって、NTTデータが日頃よりご支援しているシステム部門様に加え、さまざまな部門・組織のみなさまが参加されるワークショップを開催し、組織横断でプロジェクトを組成し、一連の活動をとおして脱サイロ化を進めていくこともしばしばあります。

サービスデザインの活用例

本章では、サービスデザインの活用例を紹介します。

①チーム医療

三大疾患の一つである脳卒中は、発症後に様々な後遺症を伴うことがあります。

身体機能の回復や社会活動への復帰に向けて、患者さんは、急性期・回復期・維持期の各医療機関への転院を繰り返します。急性期病院は二週間、回復期リハビリテーション病棟も半年間と最長の入院期間が定められている中で、医師・セラピストなどの医療従事者とともにリハビリテーションに取り組みます。リハビリテーションの効果は中々実感しづらく、転院を繰り返す中で同じ説明や診察を繰り返すことも少なくありません。

さまざまな医療従事者がそれぞれの専門性・得意分野を活かし、患者さんの治療にあたる「チーム医療」自体はその必要性が定着して久しいです。患者さんに関する情報は、基本的に電子カルテに記録され、チーム内で共有されます。

一方、電子カルテには残りづらい情報こそが、患者さんのストレスを軽減したり、安心して治療に専念することでその効果を高めたりすることもあります。例えば、今後どのような暮らしを目指すかといった「目標(娘と一泊旅行に行けるようになりたい、坂道を上り下りできるようになりたい等)」や「障害受容(ショック→否認→混乱→解決への努力→受容など心の回復)」などの文脈が該当します。

このような状況を受けて、わたしたちは、サービスデザインの活動、特にユーザー(患者さん・医療従事者)への現場観察・インタビューなどを重点的に実施しました。複数の医療機関・医療従事者の間で「何」を連携したならば、患者さんがより安心できるリハビリテーションの環境やチームを構築することができるのか、現状分析・アイデア発想・プロトタイピングを進め、チーム医療をお支えするプラットフォームの要件定義に橋渡ししました。

患者と医療従事者をつなぐリハビリテーションプラットフォーム
リハビリ医療が抱える患者側の課題
リハビリ医療が抱える医療従事者側の課題
3つの機能で、よりよい治療に向けた両社のコミュニケーションを支援します
リハビリ効果の最大化を目指して伴走し続けるリーダー
サービスデザインの過程で作成したコンセプトシート

②エンタメ・アミューズメント

例えば、このような時に期待外れと感じたことはありませんか?

 

同じ遊園地なのに、予約・購入のためのウェブサイトが分かれていて、何度もユーザー登録が必要。

  • 商品の購入
  • 入場チケットの購入
  • レストラン・ホテルの予約・・・

各組織が「ユーザー」のことを考えて働きかけていたとしても、それぞれが側面しか見られておらず、ユーザー視点ではタッチポイントも分散していることはよくあり、実際にUX改善の検討依頼をいただくこともあります。

このような場合、わたしたちは以下のような活動を実施しております。

  • ペルソナ:
    各組織の共通認識としての「ユーザー像」の定義
  • ジャーニーマップ:
    各組織がバラバラに持っていたユーザーの行動・感情に関する情報の縫い合わせ、ユーザー体験が分断している問題箇所の特定
  • アイディエーション:
    ユーザー視点で真に心地よい体験の定義とその支えとなるサービスアイデアの発想
  • プロトタイピング:
    サービスアイデアの受容性(ユーザーに喜ばれるか)、ビジネス・技術面での実現可能性の検証

また、ユーザー体験を心地よくつなげている一般的な事例として、「東京ディズニーリゾート・アプリ」が挙げられます。

2018年のリリース以降、各アトラクションの待ち時間がわかるマップ、スマホで購入・表示できる入場券、短い時間でショーの抽選やレストラン予約などの機能が段階的に加わり、アプリ一つでさまざまなことができるようになりました。例えば、「ファストパスがアプリで取れるようになったことで(ファストパス取得のための往来が減るため)園内をゆったり歩けるようになった」などのようにユーザーとしてアプリを利用する度に体験がアップデートされ、入園のたびに感動しています。

ディズニーアプリ実装前後のユーザー体験の比較表
項目アプリ実装前アプリ実装後
待ち時間パーク入口の掲示板で確認アプリで表示・予約・発券
入場券ディズニーストアやコンビニ等で購入、紙で発券
ファストパスアトラクション前の発券機で発行、紙で発券
ショー抽選ショー施設近くの発券機で抽選、紙で発券
→ ショー抽選アプリで抽選
ホテル・レストラン予約オンライン予約・購入サイトで予約・購入

おわりに

スマートフォンの普及やデジタル技術の進展とともに、ユーザー体験はますます複雑化・多様化するでしょう。サービスを構成する各組織が持っている有用な「知」を活用し、真に心地よいユーザー体験を提供するための手法の一つとして、わたしたちはサービスデザインを活用し、企業の新規事業・サービス開発に貢献していきます。

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