AI活用の現実
デジタル・トランスフォーメーション(DX)のキーテクノロジーとして期待されているAIは、企業の競争力強化にどの程度寄与しているのでしょうか。また、AIの技術革新の報告や、導入を平易にするサービスの提供が活発である一方で、戦略的に進められている企業はどの程度あるのでしょうか。
総務省「令和2年版情報通信白書」では、導入した7割の企業がIoT・AI等のシステム・サービスの導入効果を実感していると回答している一方で、IoT・AI等のシステム・サービスの導入企業・導入予定企業は2割程度にとどまると報告されています。また、導入目的も、「効率化・業務改善」が83.5%と最も高く、「顧客サービスの向上」や「事業の全体最適化」といった競争力強化を見据えたものは、それぞれ34.0%、25.0%と低水準となっており、競争力強化につなげられているのはごくわずかと言えるでしょう。
このような差が生じるのは、業務効率化を目的とする場合と、競争力強化を目的とする場合で、難しさが違うことを示唆しています。では、これらの難しさにどのような違いがあって、目的に応じてどのような対策を取るべきかを紹介します。
AI活用の課題
データ民主化が進み、一企業において誰もがデータに容易にアクセスができるようになってきました。AIはそれを調理するツールと言えますが、現状、BERTやGPT-3に代表される大規模・高品質なエンジンと、クラウドサービスに代表される使い勝手がよいエンジンに二極化しています。
それぞれには課題があり、大規模・高品質なエンジンはユースケースが出そろっておらず、AI人財の少ない企業では適切な活用方法の検討すら難しい状況にあります。一方、使い勝手のよいエンジンはデータ民主化の救世主のように感じられますが、機能が単純であるがゆえに、業務効率化といった汎用的な業務の改善には機能しても、競争力強化の源泉につながるような、個社の業務特性をとらえた活用には物足りないと言えるでしょう。
では、なぜ物足りなくなってしまうかというと、競争領域となりえる業務であるほど専門性は高くなり、数値、画像、自然言語といった多様なデータから、さまざまな情報を抜き出して統合判断をする必要があり、単機能のAIでは対応が難しくなるからだと言えます。
そのため、ありものAIの活用方法を考えるだけでなく、独自のAIを作り上げることまで踏み込んでいく必要があると言えるでしょう。
タスク起点の業務の棚卸し
専門性の高い領域にAIを導入する場合は、すべてが自動化できる可能性は低いと考えられます。そのため、経営者は「従業員が新しい方法でAIと協業する」という視点で従業員の支援をすべきでしょう。一方で、非競争領域の単純な業務効率化であれば、実績のある技術を採用するフォロワー戦略をとるといった判断も有効な選択肢でしょう。
従業員とAIの協業を考える際は、タスク起点で業務を棚卸しし、自動化を必要とする作業の見極めを行うべきでしょう。このような棚卸しをすると、人が実施していた作業が、想定よりも複雑であることが明らかになることがあります。
例えば、公共エリアの迷惑行為の監視といった業務では、数人が集まって談笑しているだけなら問題ありませんが、これが大声を張り上げていたら迷惑行為につながります。これは画像だけからは判断できず、画像と音声を組み合わせた、いわゆるマルチモーダルな統合判断が必要となり、単機能のAIでは実現が難しい事例となります。
また、マルチモーダルな統合判断をするAIには、人とAIの協業という観点での効果も期待されています。ライフサイエンス研究の分野では、作業内容とその時間を実験ノートに記録することが品質の担保に大きく寄与しますが、実験終了後に記録するため記憶にたよった記述になることが課題でした。作業に要した時間の記録も重要なことから、画像認識AIが検討されるものの7割程度の認識精度と期待よりも低い値となりました。これに対して、作業開始時にその内容を発話することを加え、音声認識AIを組み合わせたマルチモーダルな判定を行うAIを実現することで、認識精度が9割程度と飛躍的に向上したことが報告されています。
図 ライフサイエンス研究における実験ノート作成作業のイメージ
まとめ
タスク起点で業務を棚卸しし、自動化を必要とする作業の見極めを行うためには、技術的な実現性も考慮し、投資対効果を踏まえる必要があります。そのため、投資対効果を把握するための、業務と技術をつなぐ取り組みが必要になります。
このような取り組みはAI技術者の知見を得ながら行うことが望ましいため、例えば、業務有識者とAI技術者で、AI活用アイデアの創出と選定を行うワークショップは、有効な手段の一つと言えるでしょう。
また、マルチモーダルな判定を行うAIの効果を紹介しましたが、AIが得意とする領域は、認知や分析といったデータを整理する作業にあたります。AIが整理した結果を解釈し実行に移すことは人が実施するものであるため、「AIが支援する範囲を最大化すること」が経営者の取り組むべき課題と言えるでしょう。
【参考資料】マルチモーダルAI技術が拓く未来
総合俯瞰、総合判断が求められる業務にAIを適用するためのキーテクノロジー ~複数のインプット情報形態を扱う「マルチモーダルAI」~(PDF)
NTT DATAとともに創る新しいAI活用の未来 ~AI活用創発ワークショップ~