はじめに

本ブログでは、Microsoft 365(以下、M365)でのテナント統合をテーマに掘り下げていきます。
組織統合の過程で遭遇するさまざまな課題に対する技術的な解決策と、テナント統合に適した組織適性に関して前編・後編の2回に分けて掲載していきます。
こちらはその前編にあたります。

デジタル変革が進む現代の企業環境において、特にコロナ禍以降M365をはじめとするクラウドサービスの導入は大きな流れとなり、組織の生産性向上と働き方改革に貢献してきました。
初期導入を終え、応用段階へと進んだ大規模組織では、情報資産の集約や統合運用が次なる課題として浮上しており、クラウドプラットフォームのテナント集約がもたらすメリットを最大化しつつ、運用上の課題やガバナンスの問題を克服し、さらなるコスト削減を目指す動きが加速しています。

一方でシステムには組織全体のガバナンス基準を満たしつつ、個々の部門や組織が持つ独自性や運用上の要件にも柔軟に対応できる仕組みが必要となります。
これには、集中管理のメリットと分散管理の柔軟性をバランスよく組み合わせる必要があります。
さらに、セキュリティやプライバシーの要求を遵守する一方で、ユーザーエクスペリエンスの向上やコラボレーションの促進も重視することが求められます。

M365を利用する企業においては、関連会社や海外支社、現地法人を含むシングルテナントへの統合、あるいはマルチテナントを活用したコラボレーションを巡るテナント管理の在り方が議論されるようになっています。
テナント統合を進めることで、統一された管理とコラボレーションのメリットを享受できる可能性がありますが、それは同時に運用上の課題やガバナンスの問題を引き起こす可能性にもなり得ます。

M365は、リソースの論理分割機能を豊富に提供し、シングルテナント集約によって異なる組織管理ニーズに対応できるとされています。
しかし、これらですべての課題が解決されるわけではなく、ガバナンスが異なり、管理者や運用者、監査者の責任範囲が明確に区分され、利用者間でのコミュニケーションルールも厳格な場合、シングルテナント集約による複雑な論理分割構成の必要性が生じ、システム管理や運用の難しさを増すことがあります。
これらの状況では、シングルテナント集約ではなくマルチテナントによる部分的な統合が適切な選択肢となることがあります。
このため、技術者やシステム企画担当者は、シングルテナント集約とマルチテナント運用のどちらが自組織に最適なのか、そしてその理由を深く考察し、合理的な判断を下す必要に迫られています。

テナント統合のメリットとしては、管理の簡素化、セキュリティポリシーの統一、コスト削減などが挙げられますが、一方でデメリットとしては、異なる組織文化や運用プロセスの衝突、ガバナンスの複雑化、管理者の乱立、インシデント発生時の影響範囲の拡大などが考えられます。
これらのメリットとデメリット、M365が持つ機能での実現レベルを総合的に評価し、組織にとって最良の道を選択することが求められます。

テナント統合の課題

複数の組織(関連会社や海外支社、現地法人)をシングルテナントに統合する際に必要となる代表的な検討事項、課題は以下のようなものがあります。

異なるガバナンスポリシーに対する個別ポリシー作成

クラウド環境においてテナント統合を進める上での最大の課題は、組織ごとに異なるガバナンスポリシーへの対応であり、M365環境においても同様です。
理想としては組織間で統一されたガバナンスに基づくシステム管理ポリシーの作成・適用が望ましいものですが、実際には国ごとの法規制や個社ごとの独自の運用基準、セキュリティ基準が存在しており、全てのニーズを満たす統一ポリシーの採用には限界が生じます。
例えば組織ごとに以下のような基準差異があることがあります。

  • OAデバイスのOS/機種種別や管理基準
  • 外部組織とのコミュニケーションに関する可否や上位者の事前事後承認プロセスの差異
  • 監査組織や頻度、監査対象リソースの差異

結果として同一テナント内においてもポリシーの多様化と論理的な分割が求められる事となり、システム的な対応や運用でのカバーが必要となります。

複数のシステム管理者の権限制御と管理範囲の限定化

テナント統合後も、統合組織に対応した複数のシステム管理部門、システム管理基準が別個に存在するケースがあります。
システム管理者の権限制御と管理範囲の限定化は、システムの安全性と効率性を保つ上で非常に重要です。
各組織、部門、または地域が独自の管理・運用基準を持つ場合、それらすべてを包括する1つのテナント内で、管理者の役割と責任を適切に分離し制御することが求められます。
具体的には、各システム管理者に与えられる権限は、その管理者が責任を持つ組織やデータセットに厳密に限定される必要があります。
例えば、組織Aの管理者は組織Aのデータ(ユーザーの送受信メールやドキュメントファイル)やサービスコンフィグレーションのみを管理し、他組織の情報にはアクセスできないようにするなどです。
これは権限の過剰な集中を避け、潜在的なセキュリティリスクを軽減するために不可欠です。
しかし、このような細分化はシステムの一貫性や標準化を損なう可能性があり、全体としてのシステム運用が複雑化する一因ともなります。

各国の法規制によるデータ保持の制御

テナント統合に際しては、各国の法規制によるデータ保持場所や保持期限、保持内容の制限も大きな課題です。
法規制では、データの保持場所だけでなく、どのようなデータをどれくらいの期間保持する必要があるか、当該データの取り扱い方法に至るまで具体的な規定が存在します。
例えば、EUでは一般データ保護規則(GDPR)が、データの保存場所に関して厳格な規定を設けています。
さらに、データの保持期限に関しても、ある国では特定の情報を長期間保持することが要求される一方で、別の国では保持期間を制限する法律が存在することもあります。
これらの規制に対応するためには、企業は国ごとに異なるデータセンターを用意するか、もしくはクラウドプロバイダーが提供する地域別のデータ保管オプションを利用する必要があります。
組織を国際的に展開している場合、これら各国のデータ保護法規を遵守しなければならないため、テナント統合後もそれに準じたデータ保持制限の個別カスタマイズを行い、地域ごとの法規制に応じてデータを適切な場所に保存し、必要な期間保持した後には適切に削除する設定が不可欠です。

コミュニケーションルールの厳格化

テナント統合では、コミュニケーションルールの制御も重要な課題となります。
組織内のコミュニケーションが無制限である場合、すべてのユーザーが自由に情報を交換できるため、コラボレーションと効率性が促進されます。
しかし、実際には組織間の関係性やビジネスの要求により、特定のコミュニケーションを制限する必要性が生じることがあります。
これは統合する組織が多いほど顕在化される課題です。
たとえば、異なる事業部門や地域法人がある場合、ある部門間では自由な情報交換が許されていても、他の部門間では情報漏洩のリスクや戦略的配慮から制限されることがあります。
組織Bは組織Aとの間でプロジェクトを共有しているかもしれませんが、組織Cとは競合関係にあるため、組織Cへの情報流出を防ぐ必要がある場合もあります。
さらに、コミュニケーションの制御は、ただ情報流通を制限するだけでなく、組織文化やコンプライアンスの観点からも重要です。
例えば、特定の地域では従業員間の直接的なコミュニケーションが制限される文化があるかもしれません。
このような場合、テナント内のコミュニケーションツールやプラットフォームは、文化的なニュアンスを理解し、それに適合するように調整される必要があります。
結果的に、テナント統合においては、コミュニケーションルールの制御は単なる技術的な調整に留まらず、戦略的なコミュニケーション計画の一部を担うことになります。

テナントワイドのトラブル対応

最後に、テナント全体にわたるトラブルへの対応も大きな課題となります。
複数の組織や利用者がテナントを跨いで活動している場合、システムトラブルが生じた際の対応は非常に複雑になり得ます。
管理者や利用者の所属する組織が異なると、問題解決までのコミュニケーションの取り決めやトラブルシューティングのプロセスも煩雑化し、迅速な対応が難しくなります。
テナントワイドコンフィグレーションの変更プロセスに対する具体的な取り決めも必要となります。

以上のように、大規模組織のテナント統合は複数の面で課題を抱えており、これらを解決することで初めて効率的なクラウド環境の利活用が可能となります。
情報システムの企画、開発担当はこれらの課題に対し、戦略的かつ合理的なアプローチを検討し、適切な対応を選択する必要があります。

以上が前編となります。
後編では、これらの課題に対してM365の機能をどのように活用して解決できるのか、そしてそれらのアプローチが最も適している組織の形について記載していきます。

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