はじめに
2018年に内閣官房IT総合戦略室からクラウド・バイ・デフォルト原則が提唱されて久しく、公共/金融/法人の業界を問わず、ITシステムを実装するプラットフォームとして、パブリッククラウドが選択されることが普通となりました。
クラウドが一般的になるにつれて、クラウド活用の最適な姿を模索する動きも活発です。
オンプレミスとパブリッククラウドの組み合わせ、であったり、単一のパブリッククラウドではない複数のパブリッククラウドの組み合わせ、といったケースも増えてきています。いわゆるハイブリッドクラウド/マルチクラウド、といった利用形態です。
本稿では、最適なクラウドの活用の姿について、マルチクラウドに焦点を当てて、事例を交えながら採否のポイントを説明したいと思います。
マルチクラウドという言葉も世に出て久しいですが、世の中でマルチクラウドがどのような経緯で検討され、どういった理由で採否が判断されているのか、実態を交えながらご紹介をしたいと思います。本稿が読者の皆様のマルチクラウド検討の一助になれば幸いです。
クラウド活用の用語
マルチクラウドを含め、ITシステムに対してクラウドを活用する戦略において登場する用語について、改めて以下におさらいします。
- オンプレミス
- プライベートクラウド
- コミュニティクラウド
- パブリッククラウド

- ハイブリッドクラウド
- マルチクラウド

上記のとおり、マルチクラウドは複数のパブリッククラウドを組み合わせる利用形態です。
なお、本稿における”マルチクラウド”とは、お伝えしたいメッセージの都合上、3つの代表的なパブリッククラウド(AWS、Azure、GCP)を2つ以上組み合わせる利用形態、と定義したいと思います。
こういったマルチクラウドには一般的に以下のようなメリット/デメリットがあります。
- メリット
- それぞれのパブリッククラウドのベンダーから提供されているサービスを利用することができる。
- 特定のパブリッククラウドのベンダーへの依存度を低減できる。
- 特定のパブリッククラウドの枠組みを超えて、ITシステムの冗長化やリスク分散が可能となる。
- デメリット
- 複数のパブリッククラウドを併用することから、運用・保守が煩雑になり、コストがかかる可能性がある。
- 複数のパブリッククラウドの契約が重なり、結果的にコストがかかる可能性がある。
以降、筆者が接してきたマルチクラウドを検討した事例を紹介させていただきます。
なお、検討した結果、マルチクラウドを選択しなかった事例も含まれます。
マルチクラウドを検討した事例
金融機関のケース(マルチクラウド不採用)
- マルチクラウドへの期待
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
他方、金融機関内のデータ分析のユースケースを実装していくにあたって、GCPで提供されているBigQueryの活用を目論見、データ分析基盤のプラットフォームとしてAWSに加えてGCPを選択した。
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
- その結果
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データ活用のサンドボックス環境をGCPで実装した。
しかし、サンドボックス環境を使いながら社内でBigQueryを活用したデータ活用のユースケースを模索したものの、よいユースケースが生まれなかった。
その結果、BigQueryの活用の目途が立たず、GCPの採用は見送ることとなった。
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データ活用のサンドボックス環境をGCPで実装した。
金融機関のケース(マルチクラウドの検討が進行中)
- マルチクラウドへの期待
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
他方、社内のOA系の環境でMicrosoft系のOffice製品を使用していたため、OA系の環境との親和性を期待して、OA系の環境とデータのやり取りを行う環境のプラットフォームとしてAzureを選択した。
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
- その結果
- 現在、SOE(Systems of Engagement)のプラットフォームとしているAWS、他方、OA系環境と密に連携するデータ活用を行うためのプラットフォームとしてのAzure、という組み合わせでマルチクラウド活用の検討を進めている。
金融機関のケース(マルチクラウド採用)
- マルチクラウドへの期待
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
他方、既存システムをデータの源泉システムと見立て、それらから収集したデータを活用する新しいマーケティングのシステムを構築することとなった。
マーケティングに資するデータ活用には、BigQueryが高い実現性を保持すると判断し、プラットフォームとしてGCPを採用した。
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
- その結果
- 現在、GCPによる新規システムの構築が進行しており、今後サービスインを迎える予定。
製造小売企業のケース(マルチクラウド不採用)
- マルチクラウドへの期待
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
他方、DWH系及び社内インフラの実装を主たる目的として、Azureの活用を考えた。
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もともと、主たるパブリッククラウドとしてAWSを選択していた。
- その結果
- 単一のパブリッククラウドの場合とマルチクラウドの場合で、それぞれのメリットデメリットを比較した結果、コストや運用性の観点から、単一のパブリッククラウドとする方針に舵が切られた。
事例からの学び
上記の事例を振り返えると、各事例ともに、メリットa「それぞれのパブリッククラウドのベンダーから提供されているサービスを利用することができる。」を狙っています。
特に、メリットaとして、具体的にどういった期待であったのか、以下に言語化します。
- 当該パブリッククラウドにしか現在存在していない、先進的な特徴を持つサービスを利用したい。
- 既存のOA系システム、もしくは、OA系システムに親和性が求められるシステムへの順応性が高いサービスを利用したい。
- ”パブリッククラウドでやりたいこと”へ容易/迅速にたどり着くために、参考情報が世の中に非常に多く普及しているサービスを利用したい。
他方、筆者が接してきた事例の実態として、一般的に言われるマルチクラウドのメリットのうち、メリットb「特定のパブリッククラウドのベンダーへの依存度を低減できる。」とメリットc「特定のパブリッククラウドの枠組みを超えて、ITシステムの冗長化やリスク分散が可能となる。」を期待するケースは少ないです。
メリットbについては、最初のパブリッククラウドを採用する段階で”問題ない”と既に受容の判断が下されているか、経済安全保障といったようなユースケースは回避されている(=パブリッククラウドで実装していない)ケースがほとんどです。
なお、経済安全保障といった考慮が必要なITシステムを、持たざるITシステムとする場合には、”ソブリン・クラウド”といった方向性が現在の潮流だと考えています。
また、メリットcについては、1つのシステムを複数のパブリッククラウドをまたぐように設計/実装することが実際にはかなり煩雑であるため、その複雑さとパブリッククラウドの複数リージョンが同時機能不全した場合への備えを天秤にかけた結果、マルチクラウドへは舵が切られないケースがほとんどです。
おわりに
以上から、マルチクラウドのメリットa「それぞれのパブリッククラウドのベンダーから提供されているサービスを利用することができる。」が、自分たちのITシステム戦略に必要かどうかがポイントと言えます。
そのポイントが、複数のパブリッククラウドを併用することによる運用・保守の煩雑さ/コスト増を乗り越えられるかどうか、という点を踏まえて、マルチクラウド戦略の採否を考えていくのが良いでしょう。
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