はじめに

「データ活用のユースケースがわからない」「費用対効果が示せず、データ活用の予算化が難しい」、「分析や見える化したい、だけでは決裁承認が得られない」こうした声をお客様から耳にすることが増えてきました。

近年、企業活動を取り巻くデータは、独自の資産として企業の競争力の源泉となってきており、いかに戦略的にデータを収集・蓄積・分析し、価値やインサイトに繋げていくかが、あらゆる企業において重要なテーマとなってきています。

しかし、効果的なユースケースが特定できない、費用対効果を示せず予算化が困難、という理由から、データ活用の取り組みを推進しきれていないお客様も多く見受けられます。今回は、そうした小売業のお客様向けに、データ分析による費用対効果を検証するPoCとして、顧客データ・購買データ分析によるマーケティング施策の高度化を行った事例を紹介いたします。

データ活用推進の障壁

データ活用・AIがもたらす経済効果は、業界ごと・活用領域ごとに異なり、経済産業省の調査によると、例えば小売業においてはマーケティング領域、製造業においては予知保全や自動検出の領域等が、特に経済効果が大きいと推計されています。

出典:戦略的基盤技術高度化・連携支援事業 中小企業の AI活用促進に関する調査事業

こうしたデータ活用の重要性・経済効果の大きさは浸透してきているものの、お客様と会話をさせていただくと、以下のような要因により、データ活用を十分に推進できていない企業が多く見受けられます。

  • ビジネス面の要因
    • そもそも効果的なデータ活用のユースケースがわからない
    • 費用対効果が示せない(実施してみないとROIはわからない、他社のデータ活用ROIは見えない)
  • データ・技術面の要因
    • データが不十分(データ量やデータ精度等)
    • データ基盤や分析基盤の欠如
  • 人・組織面の要因
    • データ活用の効果を示し、活動を推進できる人がいない
    • データ分析できる人がいない

中でも、小売業においては、ビジネス面の要因として、そもそもデータ活用の取り組みのための予算化が困難、という声が多く聞かれています。こうした課題に対しては、データ分析PoCにより、費用対効果を示せるユースケースの特定や費用対効果の検証を行い、スモール・ウィンを得ることが取り組みを推進していく上で重要と考えております。

以下では、デジタルテクノロジー推進室において、上記のような課題を持つ小売業様向けに、ROIを示すためのデータ分析PoCを実施した事例を紹介いたします。

小売業向けマーケティング高度化によるROI検証事例

小売業においては、比較的ROIが示しやすいこともあり、マーケティング領域がデータ活用のPoCテーマとして適切なケースが多いと考えられます。今回は、リアル店舗を持つショッピングセンター様向けに、データ活用によりマーケティング高度化を行い、その効果測定を行った事例をご紹介いたします。当該PoCにおいては、以下の4ステップで検証を進めていきました。

1. 売上因数分解による課題把握
まずは、改善余地のある項目・効果の出せそうな項目を特定すべく、売上を構成する各項目を可視化していきました。具体的には、下図のように分解した各項目の時系列での可視化や、類似施設等のベンチマーク値との比較を、全体および顧客セグメント単位で実施し、手を打つべき領域を明らかにしました。

我々が実施したPoCにおいて、売上因数分解の結果、様々な課題が見えてきましたが、中でも買い回り店舗数が低いという点については、お客様から「これまで認識できていなかった課題であるが、取り組むべき重要な課題である」という声もいただきました。こうしたデータ分析アプローチにより、お客様でも認識できていなかったような課題・改善すべき領域を特定することができると考えております。

2. 課題に応じた詳細分析
その後、特定された課題に応じて、追加分析・可視化を行い、改善案や施策を立案していきます。今回のPoCでは、買い回り店舗数が最大の課題であったため、顧客のセグメントごとの買い回り数の可視化や、アソシエーション分析等により、現在の買い回り店舗傾向等を明らかにしていきました。

なお、買い回り傾向は、性別や年齢といったデモグラフィック属性以上に、飲食目的のクラスタ、衣料品目的のクラスタ等の嗜好性に大きく依存すると考えられるため、顧客の購買データに基づく嗜好クラスタリングを行い、それぞれのクラスタ軸での買い回り数や買い回り店舗傾向も可視化しました。

これらを踏まえ、買い回り数の低いセグメントやその原因、改善が見込めそうなセグメント等を検討していきました。詳細分析においては、行動データのみでは分析が難しい可能性もあり、必要に応じてアンケート等の意識データ等も併せて分析する必要があると考えられます。

3. 分析を踏まえた施策実施
上記の詳細分析結果を踏まえ、マーケティング施策を検討します。ここはお客様とディスカッションしながら、対象セグメント、施策内容、実施日、周知チャネル等を検討していきます。

4. 施策の効果測定・評価
効果測定には様々な評価方法があり、施策の目的によって評価指標も異なりますが、共通的に留意すべき観点としては以下のようなものがあると考えております。
①. セグメントごとの効果測定

  • セグメントごとに施策への反応は大きく異なるため、セグメント(デモグラや嗜好クラスタ等)ごとに反応率を可視化する必要あり
  • どのようなセグメントがどのような施策にどの程度反応するかを、マーケティングノウハウとして蓄積していくことが重要
②. 時間軸での効果測定

  • 例えばポイント施策等は、需要の先取りになっている可能性もあり、実施期間中だけでなく、一定の幅で評価を行う必要あり
  • 施策参加者への効果の定着率や中長期的なLTVへの影響も一定の時間幅で評価する必要があり、これらもマーケティングノウハウとして蓄積していくことが重要
③. 施策以外の影響除外

  • 施策を評価する上で、天候や季節性など、施策以外の影響は極力除外した形で施策の効果を測定することが望ましい
  • 様々な手法が存在:売上実績値から施策が無い場合の売上予測値(回帰モデル等から算出)を差し引いて算出する手法、Google社のCausal Impact、Meta社のRobyn等のMarketing Mix Modeling等

上述のようなデータ分析PoCにより、データ活用の有用性や費用対効果を示すことで、データ活用の予算拡大や取り組みの加速に繋げていけると考えております。

おわりに

ショッピングセンター業界向けに、マーケティング領域でデータを活用し、費用対効果を検証することで、お客様のデータ活用の取り組み促進に貢献した事例をご紹介させていただきました。
リアル店舗を持つ小売業における進め方の一例ではありますが、他分野においても適用可能なプロセスであると考えております。データ活用の取り組みの推進に難航されている方は、こうしたアプローチを一案として検討してみてはいかがでしょうか。