はじめに

DXやデータ駆動型ビジネスという言葉はもはや一般的なものになっています。耳に入る範囲でも多くの企業がデータの活用方法を模索し、既存業務の効率化や新規ビジネスの創出に取り組んでいます。

このような取組みの中でも特に注目を集めているのが、人流データの活用です。例を挙げると、小売業では新しく出店を検討している店舗の周辺の人通りをもとに出店前に売り上げを予測することができる、公共交通であれば新たな停留所を設置した際の利用者数を事前に予測することができるようになります。

本稿では人流データに焦点を当てたDXの中でも特に、新規ビジネス・施策を実施した際の効果の予測に関する取組みをご紹介します。

施策の効果を予測するためには何が必要なのか?

施策の効果を予測する際には、その施策に関係する全ての情報を現実世界から収集し、あらかじめ仮想空間上に取り込んでおく必要があります。例えば人流ですと現実に存在する全ての人が、どのように移動し、どの建物に滞在したのかを観測する必要があります。しかし実際には全ての人のデータを集めることは不可能であり、またセンサにより観測したデータはノイズや欠損を含みます。このようなデータでは仮想空間上に現実世界を正確に再現することができず、よって施策効果の予測結果もまた信頼できるものにはなりません。

そこで必要となるのが、収集したデータの品質を高めることで仮想空間上に再現する現実世界を精緻なものに近づける技術です。ここで再現された現実世界のモデルは「デジタルツイン」と呼ばれています。

デジタルツインの概要
デジタルツインの概要

どのようにデジタルツインを構築するのか?

それでは、デジタルツインはどのように構築すればよいのでしょうか?

ある地点・場所の人流を観測するための手段としては、携帯電話の基地局統計情報(※1)やGPS、監視カメラ映像など様々なものが存在します。しかし、現実世界と同等といえる全量・高精度なデータを取得可能な単一のセンサは存在しないというのが現状です。いくつか例を挙げます。

  • 携帯電話の基地局統計情報:全人口を観測可能だが空間的な解像度が低く、数十~数百メートル四方のエリア単位でしか取得できない
  • GPS:連続する移動軌跡であるため時空間的な解像度は高いが、全人口の数%程度のユーザからしかデータが取得できない

施策効果の予測精度は入力データの解像度が高いほど向上するため、このようなデータを用いても十分な予測精度を得ることは困難です。

一方で、それぞれの人流データは観測に用いたセンサによって異なる性質を持っており、それぞれ長所と短所があります。異なる性質を持つ複数のデータを組み合わせることで短所を補い、デジタルツインの精度を高めることができます。例えば携帯電話の基地局情報から取得できる全人口に合わせて、GPSデータの量を拡大することができれば、全人口を観測可能かつ時空間的な解像度が高い人流データを得ることができます。

(※1)モバイル空間統計:https://mobaku.jp/

事例紹介

それでは、当社で実施した案件をご紹介します。

エンドユーザ接点となる販売拠点の出店・設置最適化
新しく設置することを検討している販売拠点に対して、設置前に利用者数の見積もりを行いたいという要望に対して研究開発を実施しました。既存拠点を出店した際の経験則から、販売拠点の周辺の人通りが多ければそれにともなって利用者数が増えることが分かっていました。

新規拠点の設置を検討している周辺の人通りさえ把握できれば利用者数の予測は成功するはず、という状況でしたが、周辺の人通りを観測するGPSの精度に問題がありました。周辺の人通りは多いはずなのに周囲のGPS情報が少ない拠点、逆に周辺の人通りはそれほどでないのにGPS情報は多いというような拠点が存在しており、拠点周辺の人流を正しく観測できていないことが障害となり、満足のいく予測精度を得ることができなかったのです。

これを解決したのが拠点周辺の人流のデジタルツイン化です。GPS情報に加えて携帯電話の基地局統計情報を入力し、GPS情報を基地局統計情報に合わせて拡大することで、販売拠点周辺の人流を現実世界における実際の人流に近づけました。これにより拠点周辺の人通りを精度よく取得できるようになり、利用者数の予測精度向上に成功しました。

まとめと今後の展望

本記事では、DXを実施するうえで必須となるデジタルツイン技術についてご紹介しました。

今回は人流という単一のデジタルツインのみに焦点を当てて紹介しましたが、将来的には自動車やサプライチェーンなど様々なものがデジタルツイン化され、業界を超えた複数のデジタルツインの掛け合わせにより、社会全体のデジタルツイン化・最適化を目指していくものと考えています。

今後の展望としては、先に述べた社会のデジタルツインを活用し、あらゆる意思決定による効果・影響を事前に仮想空間上でシミュレートし、その結果に基づいて実施の是非を決めるような「サイバーファースト」という世界の実現を目指しています。

当社ではこのような一連の取組みをソサエティDXと呼んでおり、その実現のために必要な技術群を社会デジタルツインコンピューティングと定義して研究開発を実施しています。もし興味がございましたら、ぜひ一緒に取り組んでみませんか?

個別企業・個別業界DXからソサエティDXへ
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