はじめに

企業におけるナレッジマネジメントの重要性

デジタルテクノロジーの進化やグローバル化を始めとした企業を取り巻く環境や顧客のニーズはたえず変化し続けています。
変化の激しい時代において、企業が持続的に成長するためには、環境の変化に柔軟に対応して新しい価値を継続的に生み出すことが重要になります。
本記事では、このような新しい価値を生み出す源泉となるナレッジマネジメントのポイントについて考えてみたいと思います。

ナレッジマネジメント=継続的な価値創造プロセス

新しいビジネスにチャレンジする時、質の高いアウトプットをするためには、質・量とも十分な情報(ナレッジ)のインプットが重要となります。
特に、企業内部のナレッジは、他社にはないその企業固有の情報のため、差別化のためには重要な情報となります。
しかし、実際の働き方を考えると、社外の情報のリサーチにその大半を費やしており、企業が持つ潜在的なナレッジを十分に活用できていない事が多いのではないでしょうか。
企業が続的に価値を生み出すためには、社員と社員が関わり、お互いが所有するナレッジをくみあわせて、新しい価値を創造する土壌をつくる事が重要となります。
そのためには、ナレッジマネジメントを、単にナレッジの管理手法としてではなく、継続的な価値(ナレッジ)を生み出すプロセスととらえ、企業の業務プロセスの中に組み込む事がポイントになります。

ナレッジの特性

ナレッジマネジメントに取り組む上で、ナレッジの特性という観点から、ナレッジマネジメントの本質について考えてみたいと思います。
ポイントとしてはナレッジの価値は固定的ではなく、受けてのバックグランドや状況により価値は変化します。
そのため、社員一人ひとりの視点に立って考慮することが重要です。

ナレッジは活用してこそ価値が生まれる

あたり前の事ではありますが、忘れがちな事にナレッジは受け手が活用して始めて、価値が生まれるという点です。
従来のナレッジマネジメントでは、暗黙知を形式知にするという提供者側の視点が中心であり、評価の観点からもナレッジ発信者の貢献を重視しがちです。
しかし、実際に新しい価値を生み出したり、効率化したりといった成果をあげるのは、ナレッジの利用者側となるため利用者側にもフォーカスすることが取り組みの成果をみえる化する意味でも重要になります。

自分では気づきにくいナレッジの価値

ナレッジの価値は受け手である利用者に依存します。
例えば、専門家にとってはとるに足らないナレッジが、新入社員にとってはあらゆるものが学ぶべきナレッジとなります。
これは言い換えると、ナレッジを保持している側ではその価値に気づきにくいということを意味します。
実際に、ナレッジマネジメントの取り組みの中で、自分達は通常の業務を行っているだけなので、特別なナレッジは持っていないという話をよく耳にします。
しかし、実際に価値があるかどうかというのは、受け手によるため、たとえ、新人であっても、次年度の新人にとってみれば有識者となりえます。
ナレッジが存在しないという人や組織も、単純にその価値に気づいていないという事が大半なので、自分達の持つナレッジの価値に気づくためには、もっと手軽にナレッジを公開し、外部の人のリアクションをもらう事が重要になります。

ナレッジのとらえ方は人それぞれ

ナレッジ、ナレッジといっていますが、ナレッジという言葉に対するイメージは人それぞれであり、メモや社内wiki等の簡易なものをイメージする人から、記事やパワーポイントで作成した資料のようなきちんとしたドキュメントをイメージする人まで様々です。
一般的にナレッジというと高尚なものをイメージする人が多く、ナレッジを発信するのに抵抗があるという話をよく聞きます。
しかし、失敗事例や、形になっていないアイデア、検討過程の資料等も、見る人によっては参考になる情報となるため、ナレッジを広くとらえ、ナレッジに対する心理的な抵抗を下げる工夫が重要です。

変化する組織ほど増すナレッジの重要性

ナレッジマネジメントというと構えてしまう人が多いと思いますが、新しいことを始める時に、誰しもが、大なり小なり何らかの調査を行うというのはやっていることだと思います。
変化を志向する組織ほど、新しいチャレンジが増えるため、情報を収集する機会も、そこから生成されるナレッジも多くなります。
ナレッジの共有が行われていない状況では、新しいチャレンジに対して、他の人がどのようにアプローチしているか知る機会も限定的なため、社員一人ひとりが、個別に悩み、工夫することになりますが、個々の取り組みには限界があります。
そのため、チャレンジする社員を後押しする意味でも、他の人のチャレンジの成果であるナレッジを共有することが重要となります。

ナレッジの質と鮮度

ナレッジは、質とともに、鮮度によってもその価値と、そのナレッジを必要とする人数が変化していきます。
特に変化を志向する組織においては、最新の技術を活用したナレッジは、そのナレッジを必要とする人が多くいる可能性が高く、ドキュメンテーションに時間をかけるよりも、粗い情報でもよいのでタイムリーに情報発信することが重要です。
一方で成熟した業務では、粗いナレッジは検索時のノイズとなるため、きちんとドキュメント化されたマニュアルや手順等の方が有効となります。
そのため、質と鮮度どちらを優先するかは、一概には言えませんが、ナレッジマネジメントの初期段階では、どのようなナレッジを保持しているか見える化する意味でも、ある程度のナレッジの量が必要となるため、質よりもスピードを重視した方が効果的です。

ナレッジマネジメント定着のポイント

これらのナレッジの特性を踏まえ、ナレッジマネジメントを継続的に新しい価値を生み出す活動として、組織に定着させるポイントを考えてみたいと思います。

ナレッジ活用のみえる化(成果のみえる化)

ナレッジマネジメントの課題の一つにナレッジマネジメントの効果の測定が難しいということがあげられます。
ナレッジマネジメントの取り組み自体の評価もそうですが、社員一人ひとりが自分が発信したナレッジがどう使われているのかフィードバックする事は、ナレッジマネジメントを継続的な活動とする上できわめて重要になります。
様々なツールを利用すれば、ナレッジが参照された数を計測することは比較的簡単ですが、実際に活用されたかどうか、その効果がどうであったかという情報を集める事が難しいという問題があります。
ナレッジマネジメントのKPI(評価)の観点としてナレッジを何件登録したか等、発信者側に偏りがちですが、実際にナレッジを活用して効果をあげた利用者側にもフォーカスし、評価の対象として活用の成果を報告してもらうことで活用の効果そのものを見える化することが考えられます。

ナレッジ公開への心理的負荷の低減

従来のナレッジマネジメントでは、暗黙知を形式知として、言語化するというイメージから、社員のナレッジの公開に対する心理的な障壁が高くなりがちです。
通常業務の中で無意識にやっている事は、本人からすると当たり前の事であるため、こんなものをナレッジとして公開してよいものかと無意識にハードルをあげてしまう人が多いです。
特にナレッジマネジメント活動の初期段階では、社員一人ひとりがどのような情報を発信すべきかさぐりさぐりとなるため、メルマガや成果発表等の場において、比較的ライトなナレッジにフォーカスをあてることにより、社員のナレッジ公開に対する心理的負荷をさげることが効果的です。

活動の心理的報酬

社員のモチベーションを維持するために、物理的報酬(KPI等の評価)も重要ですが、継続的な取り組みとするためには、心理的報酬も重要になります。
ナレッジを公開しても、使われているかわからない状況では、なかなかモチベーションがあがりません。
そのため社員の積極的な参画をうながすためには、ナレッジに対する参照数やいいね等の利用状況のみえる化や、コメント等のフィードバックの仕組みを提供することが重要となります。

業務プロセスへの組込み

多くのナレッジマネジメントの取り組みでは、ナレッジの生成は社員の自主性にまかされる事が多く、既存の業務がまわっているなか、ナレッジの発信に消極的ということがよくあります。
社員からみると、ナレッジの取り組みが慈善活動になっており、業務になっていないことが原因となります。
これに対しては、プロジェクトの完了時に、プロジェクトの振り返りを行い、プロジェクトで得られた知見をまとめる場を設けたり、社員が公開したナレッジを、評価・認定や、スキルの見える化に活用するなど、業務プロセスに組み込むことで、業務として取り組む仕掛けを作ることがポイントとなります。

チャレンジする文化醸成

いくつかのお客様と話をしていく中で、既存のビジネスが中心の組織ではナレッジに対する意識が低く、新しいビジネスを生み出す事を求められる組織ではナレッジに対する意識が高い傾向があります。
これは、既存のビジネスでは現状でも業務がまわっているため、新しい事を求められることが少なく、ナレッジの有効性を感じにくく、逆に新規ビジネスの取り組みでは、新しい価値を生み出すために絶えず情報を求めているため、ナレッジの有効性を感じやすいという事が要因だと考えられます。
そのため、チャレンジする文化を作ることが結果的にナレッジ活用を推進する事にもなるため、文化の醸成とナレッジマネジメントのプロセスの整備を両輪ですすめることが重要となります。

終わりに

変化の激しい企業環境の中で、継続的に新しい価値を提供しつづけていくためには、日々新しいチャレンジの中で生み出されていくナレッジを活用していくことが不可欠です。
ナレッジマネジメントを単なる情報検索のツールではなく、企業の継続的な活動として定着させるためには、社員一人ひとりの目線を深堀りし、日々の活動を支援する視点でのアプローチが重要です。
業務経歴の長い経験豊富な社員ほど、ナレッジに対する取り組みへの関心が低い傾向があります。
ナレッジマネジメントを推進する観点では、このような社員を意識が低い社員として、いかに取り組みに巻き込むかという議論が多かったのではないかと思います。
しかし、逆にみると、これらの社員は既存のスキルで仕事をこなせてしまう、つまり、新しいチャレンジをする機会が与えられていないともとれるのではないでしょうか。
鶏と卵の話にもなりますが、チャレンジする文化を作ることが結果的にナレッジ活用を推進する事にもつながるため、チャレンジする文化の醸成とナレッジマネジメントプロセスの整備を両輪ですすめることが重要ではないでしょうか。